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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)938号 判決

理由

一、控訴人が振出人を新日本化学肥料株式会社代表取締役長田清明と記載した被控訴人主張のとおりの約束手形一通を振り出したことは当事者間に争がない。そこで本件約束手形の振出人は控訴人であるか、右会社であるかの点について判断する。右手形の振出人の記載である新日本化学肥料株式会社の肩書に住所として、明石市大久保町江井島三五九と附記してあることは当事者間に争がなく、手形の振出人の肩書に住所として地名を附記するのは通常の場合振出人の住所または本店所在地(会社の場合)を表わす趣旨とみるべきであつて、特段の事情の認められない右手形についても、前記肩書地名は前記会社の本店所在地を表わす趣旨で附記されたとみるのが相当であるが、右肩書地を本店所在地とする新日本化学肥料株式会社という会社の登記がないことは控訴人も明らかに争わないところである。(証拠)によれば新日本化学肥料株式会社は東京都新宿区四谷一丁目二二番地を本店所在地として登記されていることを認定でき、右認定に反する証拠はないから右肩書地を本店所在地として登記された右会社がないからといつて、新日本化学肥料株式会社が法律上存在しないといえないことは勿論である。右のように東京都新宿区を本店所在地とする右会社が実在する事実に、本件手形の前記振出人の記載を総合すると、本件手形は控訴人が右会社の代表取締役として振り出したものと認めるのが、相当である(最高裁判所昭和三六年一月二四日第三小法廷判決、民集一五巻一号七六頁参照。)そして手形振出人の住所は手形法において必要的記載事項ではないから、本店所在地以外の土地を肩書に附記したからといつて直ちにそれが他人を表示したものとはいえないから、控訴人が被控訴人主張のように、禁反言ないし信義則上本件手形の振出人としての責任を負うべき理由はなく、また振出人である会社が実在する限り、たとえ右会社の本店所在地の変更につき登記がなされていなくても、その代表取締役が個人として手形上振出人としての債務を負担すべきものとは解することをえない(最高裁判所昭和三五年四月一四日第一小法廷判決、民集一四巻五号八三三頁参照。)

なお、被控訴人は本件手形の振出人となつている会社が、東京都新宿区に本店所在地をもつ新日本化学肥料株式会社と同一であると主張することは、信義則上許されないと主張する。なるほど、本件のような事情のもとでは、被控訴人が右会社を被告として訴を提起するに際し、被告の確定にかなりの不便を生ずることは被控訴人主張のとおりであるが、被控訴人としては新日本化学肥料株式会社に振出人の責任を問えば、手形の外観上右会社を振出人と信じたとおりの結果を実現できるわけであつて、本件手形の振出人に関する控訴人の右主張は事実に反しているわけではないから、控訴人の右主張が信義則に反するものとはいえない。

さらに、控訴人の右主張が被控訴人主張のような経過で当審において主張されたことは本件記録上明らかであるが、右主張は被控訴人が控訴人に対し本件手形の責任を問う法律的根拠として、当審で提出した主張に対する反駁として提出されたことは弁論の経過にてらし明らかであるから、右主張が控訴人の故意または重大な過失によつて時機に遅れて提出されたものとはいえず、右主張が信義則上許されない理由もない。

そうすると、控訴人が本件手形を振り出したことを前提とする本訴請求はその他の点の判断をまつまでもなく理由がない。

二、被控訴人の当事者訂正の申立の適否についてみるに、右申立は控訴人個人を被告としていたものを、控訴人を代表者とする別個の法人格である新日本化学肥料株式会社とするものであつて、単なる当事者の表示の訂正ではなく、当事者の変更を申し立てる場合に該当するから許されない。

そうすると本件請求はこれを棄却するのが相当であり、これを認容した原判決は取消を免れない。

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